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老兵の悪足掻き
                                 左マキ
  はじめに
  定年退職して6年半近くが過ぎた。退職直後からの3年間近くは、長年の願望だった悠々自堕落な生活を楽しんで居た。そんな生活の3年目が終わろうとして いた頃、ふとした偶然のいたずらで里山の再生保全活動に携わることになった。その年(2001年)の初夏頃から翌年の冬にかけて地方紙や中央紙の県版等に 6,7回名前が出るに及んで、ここから手が引けなくなって現在に至っている。これが現在の主な活動の一つになっている。
  新聞で名前を見たからなのだろうが、かつての若き同僚達から電話がかかってきた。非常勤講師として授業を手伝って欲しい、という要請である。世間に放置 しておくと左マキは人騒がせなことばかりするから再び学校に縛り付けて置こう、というアリガタイ配慮が働いたものと思われる。現職の時に種々迷惑を掛けた 人達からの要請なので、誠に断りにくい。かくて高校の非常勤講師としての生活が3年半近く過ぎた。これが主な活動の二つ目である。
  これらのエピソードと独善的な雑感などを発信して自己顕示欲を満たしたい。

T コギャル戦線ーその1ー
  今年は二校に勤務しているがその一つが、退職までの9年間勤務していた某女子校である。1909年に設立された伝統校で、生徒の多くは進学する。学力 は、センターテストで全国レベルで戦えるのは国語一教科くらいなので、進学校としては高くない。だが生活態度は素朴で明るく、素直で元気である。ここで今 年は一年生の授業をしている。十数年ぶりの一年生である。
  4月中旬のある日、授業を終えて教室を出た。教室に隣接する手洗い場で手を洗っていると、一人の生徒が小声で、だが明瞭な声で話しかけた。
「先生、社会の窓が半分開いています」 見ると、なるほど開いていた。礼を言うと、彼女は少しはにかみながら戻って行った。翌日、授業が終わると、昨日の生徒がまた後を追って来て言った。 「昨日ほどではありませんが、今日も少し開いています」
見ると又しても少し開いていた。
「お前はいい子だなあ。教卓の前に居るんだから、俺の、その専属の番人になってくれ」 と言って彼女の頭を軽く撫でると、素直に 「はい」 と応えて教室に戻って行った。純真なること天使の如し!
2004年9月6日


コギャル戦線ーその2ー
  4月下旬のある日の授業で生徒から質問が出た。
「私は、と言った時の“は”と、私がと言った時の“が”とではどんな違いがあるのですか?」 入学したばかりの一年生に、“は”は区別を表す係助詞で、“が”は主語や連体修飾語であることなどを示す格助詞、などと言ってもチンプンカンプンであろ う。そこで、一計を案じた。某外国語専門学校が一時期、テレビで盛んに流していたコマーシャルである。クラス内に人気が出始めていて、茶目っ気のあるいた ずらっ子を指名した。
「私は少女です、と英語で言ってみろ」
「I am a girl」
「勉強すればお前の成績は?」 アガールと答えさせた後で、成績“は”上がるだろうが、お前の人間性まで上がるかどうかは分からない、と遊び気味に“は”の文法的な特性を説明するつもりだった。ところが敵もさる者、その意図を素早く見抜いて裏をかいてきた。大声で 「サガール」 と叫んだ。とたんに教室中が大騒ぎ。
「違うよ、アガールだよ!」 「いいんだよ、勉強したってこの子は下がるんだよ」
遠慮のない叫びや笑い声があちこちに起こって、授業どころではない。そうしたクラスメイト達と小生を等分に見比べながら、件のコギャルは立ったまま腕組みをして楽しそうに微笑んでいる。
  こうなっては如何に教養を積んだ教師と雖も、教養だけではなす術がない。況や無学卑小な小生をや。
昔からいろいろな教師いじめはあったが、最近のコギャルも天晴れなものだ。
                               
2004年9月7日

                  
コギャル戦線ーその3ー

  一年生の3クラスに出ているが、それぞれのクラスを出席番号の前半と後半に二分割して、教室も別々の所で、二人の教師が別々に授業をしている。小生はそ れぞれのクラスの後半(21番以後)を受け持ち、s女史が前半を担当している。s女史とは職員室での机が近い上に、空き時間も一緒になることが多く、同じ 教材を使って同じクラスのコギャル達を指導しているので、情報交換をすることが多い。
  授業が始まった日に初出勤すると 「各クラス毎に教科のガイダンスをした中で、先生の紹介もしておきました。先生は60代後半の爺さんだけど、よぼよぼではないよ、よく山へ入って竹を切っ ているピンピンした竹取り爺さんだよ、と言ってあります。だから竹取り爺さんというニックネームがつくかもしれません。承知しておいて下さい」
と彼女が言った。教師が同僚のニックネームを作り、それを生徒達に宣伝するようでは高校の雰囲気もえらい様変わりだ、と今昔の感に堪えなかったが、彼女の善意を無視するわけにもいかない。 「平成の竹取の翁か、悪くないね。」 と答えておいた。
  ところが、いつまで経っても「竹取り爺さん」というニックネームがコギャル達の中に広まる気配がない。それよりも小生が使用しているループタイの留め具に興味を見せていた。翡翠で作った簡略な亀の彫刻である。わいわい言いながら近づいてきて
「きゃあー可愛いいー! 亀だあー、触らせてー!」 などと言って手を伸ばしてくる。
「触るな、エッチ!」 と言うと 「エッチだって、イヤラシイ!」 と大騒ぎになる。時々別のループタイを締めて行くと 「あれー、亀はどうしたんですか?」 と大声が飛んで来る。なかなか授業準備を始めようしないので 「死んじゃった」 と応じると 「うっそー!」 とまた大騒ぎする。何かにつけてネタ見つけては騒ぎたがるのだ。
  s女史の善意が失敗に終わることが決定的になった頃、教室に入ると連絡用の短い伝言が黒板の片隅に書いてあった。「明日の漢字テストは中止だそうです」 とあり、その脇に小さな亀の絵が描かれていた。それに添え書きで、“カメ爺さんより”とあった。コギャル達はs女史の教唆を拒絶して小生を“カメ爺さん” と呼んでいたらしい。更に、「漢字テスト中止云々」については小生は誰にも何も言っていない。s女史が係の生徒に伝えたものだろう。してみると、ここでも またs女史の存在を無視したことになる。見掛けとは違って今のコギャルは、けっこう手強い。
9月8日


コギャル戦線ーその4−

  前回でs女史を悪口気味に紹介した、と誤解されると困るので一言弁明しておく。女史は生徒達に嫌われたり嫌がらせを受けるような人物ではない。初老の域 に入りつつあるが、臈長けた才媛で生徒達からの信望も厚い。コギャルの中にはそうした婦人に対して故無き対抗意識を持つ者もいて、それで前回記述したよう なことになったのであろう。
  さて、そのs女史だが、ここ数年来主に一年生を担当している。2,3年前に授業で伊勢物語の中の「芥川」の段章を教えていた。ある男が恋人の高貴な娘を 盗み出して駆け落ちし、芥川の畔でその娘が鬼に食われてしまう。その時娘が「あなや」と叫ぶ。現代語ならば、「あれー」とか、「きゃー」とか言うべきとこ ろだ。その授業を受けていたコギャル達がこの「あなや」に強烈な印象を持った。その後1,2年間、s女史を見掛けると、遠くからでも「あなやー」と声がか かった。だが、「あな」の説明も「や」の解説もとうに忘れていた。
  似たような話で小生の場合。竹取物語の中に「いかでこのかぐや姫を得てしがな、見てしがな」という記述がある。「何とかしてこのかぐや姫を(妻として) 迎えたいものだ、結婚したいものだ」とでも訳すべきところだ。これがコギャル達のアンテナを強く揺さぶった。「見る」の古語としての意味(結婚する)も、 「てしがな」の文法的な説明もろくに聞きはしない。「得てしがなー、だって」、「見てしがなー、だって」などと言い合っている。しゃくにさわったからここ を試験に出して、コギャル達を撃滅した。おかげで今でも小生に、「得てしがなー」、「見てしがなー」と声をかける者は一人もいない。老兵の陰湿な反撃だっ たか、と少々反省している。
9月9日

コギャル戦線ーその5−
左マキ

  例年だと6月に入れば、コギャル達も一応しおらしい女子高生の素振りを見せるのだが、今年は全くその気配がないまま「羅生門」の授業が山場へさしかかった。
  京の都の疲弊によって主家をリストラされた下人が衣食住に困って、それでも、盗人になるくらいなら死んだ方がましだという強い正義感を持って羅生門まで来る。すると、その楼上で白髪の醜い老婆が女の死体から髪の毛を抜いていた。その髪の毛をカツラにするのである。下人がその老婆を取り押さえて詰問すると、「この女は生前に悪事を働いたのだから死後この程度の報いを受けるのは当然である。そして自分は今、こうしなければ飢え死にをしてしまうのだからこの女も許してくれるはずだ」というような抗弁をする。老婆のこのセリフが下人の心を百八十度変換させた。「では、俺が引剥をようと恨むまいな。俺もそうしなければ、飢え死にをする体なのだ。」と言って下人は老婆から着物をはぎ取る。そこでコギャル達に質問した。
「おい、下人が老婆から奪ったものは着物だけか?」
老婆の論理とか、老婆の屁理屈などの答えを期待した質問だった。だが誰も何も言わない。
「ヒントを言えば、物質では無いぞ」
それでも何の答えも出ない。仕方なく 「じゃあ、周りの人達で相談しろ。二分間だけ待つ」 と言った。ひそひそ話が始まった。猜疑心とも好奇心とも名状し難い奇妙な雰囲気が教室内のあちこちに立ち上った。それでも答えは出ない。やむなく
「やだー」 などと大声を上げて活発に相談しているグループの中の一人を指名した。そのコギャルがおずおず起立して周囲の仲間に何やら話しかけた。だが仲間は無視した。彼女はしぶしぶ正面を向いて、恐る恐る質問した。
「老婆は、年寄りなんですよねえ」 「そうだと思うよ、老婆なんだから」
「下人は男ですよねえ」 「そうだ」 「下人は若いんですよねえ」
「そうだ。顔にニキビが有るんだから」 「…ええとねえ、…ええと、先生は何歳ですか?」
「俺は、ロクジュウ…、うん? そんな事は関係ねえだろう」 教室内に哄笑の声が上がった。その勢いに乗ってゴギャルが叫んだ。 「やだー、下人のスケベー」
「うん? お前は一体何を考えて居るんだ?」 彼女は少しふくれて周囲の中間達に同意を求めた。
「だってー、みんな私と同じ事を考えて居るよねえ、ねえー」 3,4人の中間が一様に大きくうなづいた。
「お前らの考えていることは大体の想像は出来るが…、しょうがねえ奴らだなあ、全く」 とたんに起立していたコギャルがまた大声を上げた。 「やだー、先生のスケベー!」
教室は大爆笑の渦になった。どう収拾しようかとおろおろしている内に、終業のチャイムに辛うじて救われた。あゝ、コギャル海戦の波高し。

9月24日

コギャル戦線ーその6ー
左マキ

  今回はコギャル言葉を紹介しよう。親愛なる我がコギャル達の名誉のために予めお断りしておくが、彼女達が日常的に以下の如き特異な言葉を使っているわけではない。夏休みの宿題の一環として出された読書感想文の一部分の抜粋である。つまり、「貴重な夏休みの時間を、大嫌いな感想文で縮めおって」という学校に対する恨み言が半分と、そうした面白くもない文章を何十部も読まされる教師への慰藉の気持ちが半分混じったアリガターイ文章なのだ。事実、山積する義理作文や義務感想文に辟易していた小生は、この感想文で酷暑をしばし忘れましたゾ。愚妻も大いに喜んでいたっけ。以下の紹介文中のカタカナ言葉の七割以上が理解出来たら、貴台もコギャルとのコミュニケーションが可能との自信を持ってよろしい。では以下にお試しあれ。
「下妻物語」を読んで(抜粋)             筆者省略
(物語に登場する二人のコギャルを紹介する部分である)
  まず、桃子という女の子は、最初に書いたとおりロリータです。スカートはフリル付きでパニエで膨らみ、袖は先が大きく広がった姫袖、赤いミニハットを姫カットした縦ロールの頭にのせ、白いフリルのついたオーバーニーソックスをはき、靴はロリータの憧れの黒いロッキンホースバレリーナです。桃子は生き方自体ををロリータに学んだという感じで、すごく自己中心的です。なので、友達はいません。桃子自身が友達という存在を求めていないような台詞もたくさんでてきます。
  一方イチコという女の子は、ヤンキーです。肩まで伸ばしてあるストレートの髪は金髪、ブルーのアイシャドウに真っ赤なルージュ、紺色の短ランのブレザーに、やたら長いそしてプリーツが異常にたくさん入ったスカートを引きずり、とても安そうな紫色のラメ… (以下略)
  時代の先端を行く諸氏よ、一体幾つのカタカナ言葉が理解出来ましたかな?

  
9月25日

コギャル戦線ーその7−
左マキ

  二十年近く鼻炎に悩まされている。気圧の変動に起因していて、季節に関係なく起こるのでタチが悪い。ティッシュなどでは間に合わず、鼻かみタオルをいつも持ち歩いている。授業中にもこのタオルをよく使う。現在のタオルは三ヶ月以上使っているので、チョークの汚れも加わって変色し始めている。これをコギャルどもが見逃すはずがない。
  五月初旬のある日、授業中に激しいくしゃみが頻発した。呼吸の息継ぎもままならぬほどの頻度だった。くしゃみが少し間遠になったので件のタオルで鼻をかんでいると、教卓近くのコギャルAが言った。
「ヤダー、先生、そのタオル、色が変わっている!」
「気にするな、これはチョークの汚れだ」 「嘘だー」 「本当さ、見てみろ」 とコギャルAの眼前に広げて見せた。興味深そうにのぞき込んで 「本当だ」 と言った。隣の席のコギャルBが上半身を反り返らせて 「見るな、汚い!」 と叫んだ。
コギャルBの机には真新しいハンドタオルが置かれていた。手にしたタオルが十分に水気を吸収していて使い物にならなくなっていたので、シメタと思った。
「おい、お前のそのタオル、俺に貸してくれ」 「ヤダー」
「どうして?ちゃんと洗って返すからさあ」 「イヤです」 「ケチ!」
「だってえー、ねえー」
とコギャルAに同意を求めた。コギャルAも、ヤダー、だってー、ねえーを不規則に交えた変な日本語で隣の席のコギャルBに賛同した。昔も今もコギャル達はこうした言葉を好むらしい。
  翌日、コギャルBの机上には昨日とは違う真新しいハンドタオルが置かれていた。
「おっ、昨日と違うな。どうしたんだ?」
「だってー、おなじタオルを二日も使う人はいないよねえー」
とコギャルAに同意を求めた。ちょっと待て、じゃあ、三ヶ月以上も同じタオル使っている俺は‘人’ではない、ということか?
9月25日


コギャル戦線ーその8−
左マキ

  毎週火曜日の国語の授業中に漢字の小テストをしている。10分ほど経ったところでテストを終了し、小生が黒板に正解を書く。と同時に生徒達は解答用紙を交換し、お互いに採点をする。20点の満点をとり続ける生徒もおれば、何回やっても10点を超えられないコギャル達もいる。学力的には玉石混淆であることをこの漢字小テストが物語っている。
  9月21日の一時間目のこと。小テストの10分間が過ぎ、生徒達に解答用紙を交換させ、黒板に正解を書き続けていた。すると、大声が上がった。
「先生、『硬貨』が抜けています」 「どこだ?」 「『紛失』の前です」
とたんに別の声が上がった。
「硬貨が紛失しちゃったんだ」
教室内が爆笑で埋まった。その中で一際甲高い大声がまた上がった。
「コウカって、こうかー!」
鎮静化しつつあった爆笑がまた弾けた。こんなダジャレが言えるのは低得点常連のコギャルSに違いない、と思って板書を中断して振り返った。Sと目が合った。
「お前か?」 Sは上体をくねらせて笑っていて声が出ない。紅潮した破顔を見え隠れさせて両手を左右に振りながら、‘私じゃあない’としきりにゼスチャーで示していた。Sでないとすると、いま一人妙なコギャルが誕生しつつあるのかもしれない。エライことになってきた。
  9月24日は金曜日で勤務日ではなかったが、ある三年生の小論文指導を頼まれていて、その為の資料作りで午後目一杯サービス勤務(?)をした。午後6時を過ぎて駐車場に来ると、5,6人の生徒達が、雨を避けた薄暗い場所で部活動のトレーニングをしていた。俺を見つけると
「あっ、カメ爺だ。合唱コンクールには絶対来てね。私達のクラスを応援してね」
「ここにいるのはみんな、カメ爺が愛する1年3組のメンバーだよ」
「カメ爺、月曜日には必ずカメを連れて来てね」
などとうるさく話しかけて来た。こんなニックネームをこれ以上広めさせてはならないと密かに決意した。

 時既に秋本番。一年生と雖も、いつまでもこんなガキガキした気分に浸らせておくわけにはいかない。コギャル退治、ガキ征伐を本格化させねばならない。というわけで、「コギャル戦線」もこれにて一件落着。

9月25日

                           
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